江上剛『二人のカリスマ』
イトーヨーカ堂の創業者伊藤さんとセブンイレブンを日本で展開して大きく成長させた鈴木さん。小売業のカリスマ経営者が主人公の物語。
イトーヨーカ堂誕生の経緯から、鈴木さんがセブン&アイ・ホールディングスの役職を退任するまでのいろいろなことが日本のスーパーの歴史と共に描かれています。
スーと現れてパーと消えると言われていたスーパー。
戦後、たくさんのスーパーが出現し、店舗を増やし、そのなかのいくつかの企業は百貨店の売り上げを超える巨大企業に成長するも、バブル崩壊以後、経営難に陥って合併する企業や、規模を縮小する企業が続出。イトーヨーカ堂も例外ではなく、売上げも利益も後発のコンビニであるセブンイレブンに抜かれてしまいます。1つの企業、あるいは一つの業界の栄枯盛衰の歴史をこの本で辿ることができます。
この本の内容が独特なのは、1つのグループ企業に二つの大きな企業が存在し、それぞれを別の人が育てたということ。そして企業を大きくした二人のカリスマの性格が正反対だということ。彼らはつかず離れずの関係を長期間保ちながら、鈴木さんが役職を退くまで、それぞれの仕方でグループに強い影響力を保持していたということになります。
巻末で著者が述べているように、あくまでもこれは小説でありフィクションなので本当のところはわからないけれど、いろいろなことがありながらもお互いの存在を認め合って、仲が良いのか悪いのか、外から見ると不思議な関係.。長期間共にやってこられたのは、それだけですごいことだと思いました。
でも、この本の中で魅力的なのは、前半。伊藤さんのお母さんとお兄さんが浅草を焼け出されて行き着いた北千住。そこで露天のような二坪のお店でメリヤスの下着を売りながら、地元の人に支えられ、店を大きくしていく様子が描かれているところ。皆に元気があって、会社を支える家族と従業員の絆があって、商売を愛する心があふれていて、大変なんだけど、なんだかすごく楽しそうです。登場人物に共感できちゃう感じ。
朝は、誰よりも早く起き、店先ばかりではなく、いわゆる三軒両隣をきれいに掃き清めた。(『二人のカリスマ 上』P.17)
これは伊藤さんの働き者のお母さんのこと。
返品は、商品を製造した人に対する冒涜と考えていた
(『二人のカリスマ 上』P.102)
こんな風に何よりも信用を大事にしたのが伊藤さんのお兄さん。
イトーヨーカ堂が商売の原点を大事にするお店だったということがわかって、なんだかすがすがしい気持ちになりました。
小説の下巻では、イトーヨーカ堂からセブンイレブンへとグループの稼ぎ頭が移っていきます。日本人が考えていた“商売”という形からシステムを構築して利益を出すという形へと小売業が変革していく、その過程はセブンイレブンが大きな企業に成長していく道と重なっています。だから、鈴木さんの先見の明というのはやっぱりすごいと改めて感じました。ネット通販という販売形態が急伸している今、商売のシステム化の傾向はますます進展していくのでしょう。この本のなかで伊藤さんがこだわっていた商売の原点というものが、人々の心からどんどん失われていきます。
売上や利益だけを追求していくと、そこで働いている人の気持ちや夢みたいなものは、つまらないものとして片付けられちゃうのかもしれません。それ自体なんだか寂しいことだし、人を大事にしないと、人にも大事にされなくなってしまうのかもしれません。
部下を叱責する厳しい鈴木さんと、やってみたらどうですか? と懐の深い伊藤さん。
結末に両者の違いがはっきりと現れています。
家庭の中だけでなく、企業のトップであっても、人の気持ちって案外変わらないものなんだなぁって思いました。
怒られ続けるのは、誰にとっても辛いことだから。
常に10年先が見えていた鈴木さん。今もコンビニの未来が見えているのかな。
見えていたら教えてほしい。
息子さんをネット通販関連の事業のトップに迎えたとあったので、コンビニの先はやっぱりネット関連の事業につながっていくのかな。
先を見る目
人を見る目
人を育てること
仕事に対する愛
システム
経営にとって大事なことがちりばめられている小説でした。
カリスマ二人の対比がいろいろなことを私たちに教えてくれます。
大事なこと全てができるスーパーマンはいないこともわかりました。
やっぱり企業ってたくさんの人の力で支えられているものなんですね。